全生園の柊の垣根

 映画の中で、千太郎とワカナがバスに乗って、徳江さんのいる療養所に向かうシーンがある。
 2人が降りたのは、「全生園南」というバス停。

全生園南のバス停

中への道はトンネルのよう

 見てわかるように、木々がまるで塀のように囲っていて、中へ進む道がまるでトンネルのようになっている。初めて来る人は、少し怖さを感じることだろう。

柊の垣根が続いている

 一番道路沿いの垣根は、柊(ひいらぎ)だ。この柊の垣根は全生園の周りをグルリと囲っている。
 なぜ、柊の垣根なのか?
 小説「あん」の中で千太郎とワカナはこんな会話をしている。


「どこまで行っても垣根だな」
「これ、柊っていうんですよね。尖っている葉っぱ」
「クリスマスにつきものだ」
「これ、患者が脱走しないようにって、いっぱい張り巡らせたんだって」
「昔の話だろう?」
「でも、こうやって残ってるもの」



 柊の垣根は、国の間違った隔離政策の象徴であるとともに、もうハンセン病が完治して大丈夫だというのに、何となく避けてしまう偏見の象徴でもあった。
 でも、柊に罪はない。

 2010年11月3日、全生園の中央集会所で開催された「第18回秋の緑の祭典」で、東村山市内の八坂小学校の子どもたちが「ぼくはヒイラギ~百一年目の思い~」という詩をつくって発表した。
 とてもいい詩なので、ここに掲載させていただく。


「ぼくはヒイラギ~百一年目の思い~」

ぼくはヒイラギ
全生園のヒイラギ
全生園の周りを囲んだ
オリのようなヒイラギ
にげるものにはかみついて
ひっかききずをつくってやった
ぼくはきらわれもの

丘の上から遠くを見ている人がいる
何が見える? 泣いているのか?
外を見せないように
もっともっと高くなろう
丘よりももっと高くなろう
ぼくはきらわれもの

でも
でも
本当は ぼくだってみんなから
愛されたい
本当は ぼくだってみんなに
喜んでもらいたい
ぼくはなみだなんかじゃなく
みんなのえがおがみたいんだ
それが ぼくら緑の役割
地球に生きる緑の役割なんだ

全生園は去年 開園百周年
やっとぼくの願いが かなった
全生園の緑は
全部 全部
人権の森の仲間なんだ
ぼくも人権の森の一員に
やっとなれたんだ

今年は百一年目
不自由な手で植えられた
一本一本の木と
ぼくもやっと仲間になれた
家族と思って植えられた木
自分の子どもと思って植えられた木
みんなのしあわせを願って植えられた木
百一年たった今 みんな仲間になった
これで ぼくも みんなのえがおが見られる

ぼくはヒイラギ
全生園のヒイラギ
人権の森の ヒイラギ



 ハンセン病への偏見がなくなり、柊の垣根が人権の森の象徴となるようにしていきたい。小説「あん」、そして映画「あん」にはその力があると私は信じている。





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[ 2015/04/30 20:54 ] 「あん」の風景 | TB(-) | CM(1)

介護員

知らなかった事も、沢山わかってすごく良い映画でした。
[ 2015/06/26 17:30 ] [ 編集 ]

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