一番遠い場所

 映画「あん」の中で、全生園の納骨堂が出てくる。
 ここには全生園で亡くなった入所者の遺骨が納められている。

納骨堂は奥まったところにある

納骨堂

線香があげられていた

 生きている間は、家族から戸籍を抜かれ、自分も家族に迷惑をかけまいと名前を捨てて仮名で生活した。
 そんな世間との隔絶は死んでからも続く。
 遺骨になっても故郷に帰ることはできなく、仮名のまま葬られ、この納骨堂に納められる。

「倶会一処」の文字

 納骨堂の碑に刻まれた「倶会一処(くえいっしょ)」の文字。
 これは、「この世で同じ運命をともに生きたが、あの世でもまた会いましょう」という意味で、「阿弥陀経」に出てくる言葉だ。

 自分の身内の遺骨をどうして迷惑に思うんだ……そう思う人もいるだろう。しかし、身内にハンセン病がいることを知られたくないと、世間体を重視する人がいるのだ。
 それは昔の話で、今はさすがにないだろう……と思うでしょ。そんなことはないんですよ。

 2008年4月2日、私は「国立ハンセン病資料館」で、多磨全生園入所者自治会の前会長である平沢保治さんの講演を聴いた。
 平沢さんは昭和2年に茨城県古河市に生まれ、14歳の時に母親に連れられて全生園に来たのだという。入所当初は「1年で病気を治して帰る」はずだったのだが、平沢さんは二度と故郷に帰ることはなかった。
 平沢さんは母親が亡くなる時も、亡くなった後も故郷に帰れなかったという。そしてこう話してくれた。

「私はこれまでに11カ国行きましたけど、いまだに故郷には帰れません。一番遠い場所です」

 その後、2008年12月4日、平沢さんは里帰りし、母校の小学校において本名で講演を行った。これまでにも平沢さんは故郷で講演をしたことがあるのだが、その時は必ずペンネームで行っていたという。それは「遺伝病」「業(ごう)病」などといった間違った知識による偏見やいわれのない差別が残っていて、その矛先が故郷に住む親族に及ぶのを恐れたからだ。
 本名で里帰りをしたのは、実に68年ぶりのことだという。
 こういう悲しいことをなくしていくにはどうしたらいいのか? まずは自分自身の中からそういった偏見をなくしていくことから始めるしかないと思います。


尊厳回復の碑






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